かじた先生のバイオリン教室

かじた先生の先生3

偉大なる恩師
 
日本が生んだ偉大なバイオリニストー海野義男先生
 
 
どういった経路で海野先生に教わるようになったかは忘れましたが、
名古屋で行われていたバイオリン教室に通うことになりました。
今考えればこのころ(中学から高校にかけて)の私は本当に忙しかったのです。
今迄で一番忙しかったでしょう。
自分がどこにいるかわからないほどあちこちにレッスンやリサイタルや師匠のお世話(?)やらで
飛び回ってました。

私を探して甲子園球場アナウンスで私を呼び出した友人もいました(笑)。
その時、私はきっちり甲子園球場にいたわけですが・・・(爆)。
 
この先生は外山滋先生とまったく違った指導をされる方で、「そこはこう弾くんですよ」とフィンガリングや弓順まで細かくなおされました。確かに、「そのほうが弾きやすいかも」とか「そういうボーイングもあるんだ」という新しいテクニック(解釈)は学んだのですが、私はそうは弾きたくないんですけど、これでは海野先生のコピーになってしまうのでは?みたいな偉そうな疑問が残りました。海野義男氏のコピーになれるんならそれはそうですごいことなのですが、
そのころの私はまだ若く、いろいろ無駄な反抗もあったわけで・・・。


しかし偉そうなことを言ってもこの世界的バイオリニストから学んだものは多く、フィンガリングなどはあの故ギャラミアン氏(ジュリアードのバイオリン教授)のように合理的なものがあり、私には新しい発見でした。
何でもがそうであるようにバイオリンテクニックも進化しています。


ただ海野先生とは師匠と弟子以外の付き合いは残念ながらありませんでした。名古屋までレッスンのためだけに行き、そこには他の生徒さんも来ているわけですからゆっくり話す機会などありません。
ただ他の生徒さんのレッスンも、いわゆる公開レッスンなので、ずっと見学ができたのでいい勉強になりました。

とても良い先生で生徒たちの面倒をよく見ていただいたと芸大や桐朋の生徒さんたちからよく聞きました。

彼のバイオリンは本当にきっちりしていたと思います。
音もとても美しく、目の前で弾かれるとさらに魅了されました。

教科書のような弾き方というと聞こえが悪いのですが、われわれ音楽を修行中の生徒には彼のバイオリンはとても参考になりました。テクニックもずば抜けているからでしょうが、
時には機械的と思われるような演奏を覚えています。


残念ながら渡米することが決まりこういった日本のバイオリニストたちとふれあう機会が少なくなりましたが、
今でも先生のバイオリンの音色が聞こえます。